田園調布の魅力

田園調布本町に物件所有のお客様のところへお伺いさせて頂きました。

田園調布は、東京都大田区の最西端に位置し、世田谷区の最南端に隣接、西側を流れる多摩川を都県境として神奈川県川崎市中原区の東側にあたります。日本の高級住宅街として有名です。

そんな高級住宅街田園調布ですが、きちんと高級住宅街になったのには理由がありました。

1918年(大正7年)に実業家渋沢栄一らによって立ち上げられた『理想的な住宅地「田園都市」の開発』を目的とする田園都市株式会社により開発、1923年(大正12年)8月から分譲された地域です。現在の大田区田園調布の大部分の地域が第1種低層住居専用地域と第2種風政地区です。

開発当初は日本の都市に新たに出現した中堅層向けの住宅地であったが、エトワール型の道路を造り街路樹を植え、広場と公園を整備し、庭を広くとり緑地の一部とし、街全体を庭園のようにするなど、良好な住宅環境であったことから次第に評価が高まりました。

また国分寺崖線の良好な地盤の上にある事から、関東大震災後に都心から多くの人が移住してきました。開発当初からの駅西側に広がる扇状に整備された区画一体は、イチョウの並木と相まって「高級住宅街」としての趣を備えています。

地元自治会としては1926年(大正15年)に設立された「社団法人田園調布会」があり、住宅の新改築に際しては厳しい制限を求め、環境保全に努めています。大田区役所及び同法人によると、田園調布が「日本で初めて庭園都市(ガーデンシティー)として計画的に開発され分譲された地域」であるとされている。

東急東横線・目黒線が通る多摩川の東側、田園調布一丁目に約3万平米の広さの田園調布せせらぎ公園(旧多摩川園遊園地の一部)があり、多摩川駅の西側から多摩川の河川敷との間、一丁目と四丁目に約6万6千平米の広さの多摩川台公園が、そして三丁目には大正時代末期からある宝来公園があり、第2種風致地区による建築制限と相まって、良好な住環境が整っています。

そんな人気の高級住宅街から、アパートが老朽化しており更地にしてご売却をご希望のお客様からご相談を頂きました。

関東大震災後に移住したお客様の不動産相続などで、お困りの方も多くいらっしゃるのではないかと思います。

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