練馬区の歴史

本日は、練馬区向山にお住いのお客様の所へ

訪問に行ってきました。

地名の由来は、地名は練馬城(豊島城、

後にとしまえん周辺となる)からみて

石神井川の向かいにあったことに由来し、

古くは「むこうやま」と呼ばれていたとする

説が一般的です。

大正時代から昭和時代初期にかけ、

山形県人を中心とした文化住宅地として、

としまえんの南に「城南住宅」が

開かれました。

文化住宅とは、主に大正時代中期以降に

流行した、洋風生活を取り入れた

一般向け住宅のことで、和洋折衷住宅です。

昭和時代に入って「文化住宅」という名称で

一定のパターンができあがりました。

住宅本体はこれまで同様の和風住宅ですが、

玄関脇に洋風デザインの応接間が造られる、

といったものです。阪神間や東京近郊地帯

(世田谷、杉並など)の宅地開発とともに

数多くの文化住宅が造られました。

愛知万博で人気を得た「サツキとメイの家」

(となりのトトロ)も文化住宅です。

昔の歴史もあり、今の練馬区や

杉並区のように住みやすい所や、

世田谷区などの高級住宅街が出来ました。

今ご所有されている不動産がある所の

歴史を調べてみると、もっとその土地が

好きになるかもしれません。

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